これまでのあゆみ・美術館編


 
初めてのボーナスで自分のノートパソコンを買い、競馬予想のホームページを作ろうと思い立ったのは2001年の夏。こういうことを決めてからの実行力というのは自信があって、サイトを作る上での最低限の知識というのはすぐ調べられたし、ホームページビルダー等という簡易作成ソフトもそれなりに発達したものがあったから、言語等に四苦八苦することもなかった。工事中ばかりで立ち上げるのは許せない性質なので、2002年1月1日にOPENを目標に10月頃から想論等のテキストを書き溜め、開設当初からそれなりの読み物がある形とした。正月は田舎に行くことになり、CGIに詳しい友達に掲示板とカウンタの設置を教えてもらったことから、アップロードは1月6日に遅れたが、ここに現在サイトの前身である「馬流天星 GIデータアート美術館」がスタートすることになった。

 当時の私を駆り立てていたのは、有り余る創作意欲と自分のデータに対する情熱だったが、その情熱を振り返ってみると、データへの間違った思い込みであり、ほとんど過信だった。前5柱の成績データを追及することによって、競馬の着順は全て予想することができ、外れるのは自分のデータの構築に誤りがあったからだと思っていた。今にして思えば、よくそこまでデータを信用できたものだと驚くのだが、作り込んだ菊花賞「四天王データ」が3年連続的中していた頃だからしょうがなかったようにも思う。しかしその四天王データは2003年秋を以って廃止としたから、ラッキーにすぎなかったと今は整理されている。その辺りは番長さんのサイトに掲げられている訓話2号、
「勝ったからといって調子に乗ってはならない。いくら自分の思う通りの結果になったとしても、その間にはいくつもの偶然の助けが介在している。」
を思い出すことができる。競馬はそんなに単純なものではない。

 開始当時の2002年のGI予想というのは恥ずかしいものが多く、今後の糧にもなるものが少ないので今回のリニューアルではばっさり削除することにしたが(概要は成績の過去予想でまとめてある)、その初年度でも光るデータというのはいくつかあって、合理性は見劣るもののその後ずっと面白い見解を提供している桜花賞の「春一番桜吹雪データ」、サイト初のプラス収支予想を提供したNHKマイルCの「ドングリヘッドデータ」、ここ2年は惜しくも的中を逃しているが私の信頼は依然厚い宝塚記念の「エメラルドデータ」、ファインモーションを絶賛した秋華賞とエリザベス女王杯の「斜陽夕月データ」と「秋華王冠データ」、エクセルを使った朝日杯の「データ総天門」あたりは、現在のデータの道筋を作ったものとして評価できる。

 こういった実績は、データが競馬予想に無効ではないことを証明しており、それに勇気付けられては自信を抱いて予想を行い、また不的中となって悲観する、その繰り返しが続いた。データの構築こそ私のテーマであり、どんなレースの紛れが起きても、結果の着順は着順と受け入れつつ、そこにデータという手法の大きな欠陥を感じるという葛藤が続いた。

 大きな転換点となったのは折に触れて書いているが、2003年の宝塚記念だ。過去3年連続的中していた「エメラルドデータ」から、自信のシンボリクリスエスとタップダンスシチー2頭のワイドを2万円(4倍見当)買った。レースは直線入り口から残り50mまで2頭のマッチレースだったが、最後にヒシミラクルとツルマルボーイに追い込まれ、不的中。私のデータアートに突きつけられた現実だった(宝塚記念は2001年以降毎年遠征しており、間近で見たことも心に深く刻まれる原因のひとつだったかもしれない)。それから、その日のレースがやけに差し馬場で人気薄の差し馬が好走していたことが分析され、それを理由に敗戦の弁は書けたが、事前に何らかの対応ができなかったのが悔しかった。予想の精度を高めるには、馬場差を取り入れなければならないと強く意識するようになる。

 しかしさすがにショックを受けたからか、夏はみんなのGOLFオンラインで競馬から離れてしまった(笑)みんごるオンラインはロビーがあって友達が作りやすくとても面白かった。自分自身仙人まで上がれたのは奇蹟だったなぁ。最近は当時をとても懐かしく思う。お〜ちゃん7、こはるちゃん、ナルナル、まさるん、GOZARU等々各氏には大変お世話になった。チームVも対抗戦2連勝できたし。もし拙者スカイポットを覚えていたらご連絡を!

 2003年秋GIが開幕して戦地に赴く。昨年開催場が通例と違っていたレースのデータを改めて準備していたが、まずスプリンターズSで○◎▲の会心の勝利。カラフルパネルデータを採用した天皇賞秋でも○◎の快勝。朝日杯でも△◎で勝利。サイト立ち上げ後初の半期プラス収支を達成した。

 そしてこの年の秋に出会ったのが某正統派予想サイト。競馬が儲かるのか、うまくやれば儲かるのかを本当の意味で知るには、実際に儲けている人の予想を見ることだ。ネット界には様々な予想サイトがあって、面白い予想をしているところも多いのだが、実際に儲かっているのかとなるとよくわからないところが多い。そんな中でこのサイトの懇切丁寧な正統派予想の見解は輝いて見えた。(正統派予想と私が勝手にこう呼んでいるのは、データ収集などはせず、走破時計を数値化することもなく、ただレースを見て、多くの馬の能力把握を頭の中で行って予想することです)私が必要としていたアナログがそこにあった。

 ちょうどその頃にグリーンチャンネルに試しに加入してみたところだったから、それから冬場にかけてその方の予想と結果を見て、自分でも実際にアナログ予想の訓練をやってみた。その頃の予想の考え方は「予想真髄」にて書いているので、是非ご覧いただきたい。

 その流れが、2004年ダービーへの道の文章に表れてきた見解であり、皐月賞のダイワメジャー優勝、予想も2万馬券ゲットという快挙につながっていく。まだほぼトントンにすぎないが2004年春期も連続してプラス収支を達成、予想の精度が上がってきているのを自分で感じることができた。と同時に、天皇賞春やダービーのレース結果に対して、展開面のアナログサポートが必要だと思った。

 データで全てが自動算出される予想システムを追求することはとても面白いことだし、突き詰めればそれなりのものになるとは思うが、90点レベルから100点満点を取るための勉強が難しいのと同じように、これ以上のデータ的進歩というのはかなり険しい道のりであると感じている。しかも、手間のかかり具合、予想の綺麗さ、精度の高さにおいて、アナログを用いるよりレベルが下がる可能性も否定できない。データアートに綺麗さを求める私は、アナログとの調和路線を選ぶことにした。

 こういった経緯からデータアートだけを公開する意味がなくなり、美術館を閉鎖することを決意した。美術館の閉館は当初の馬流天星が目指した道の挫折ではあるが、今では新たな道への記念すべき第一歩と見ることもできる。これからどんな予想を展開していけるのか、自分でも楽しみである。

 実際のところ、リニューアルする直接のきっかけはPCが壊れてしまったことが発端だった。直後は結構ショックを受けたもので閉鎖も考えたくらいですが、天落馬予想大会参加者の方々から暖かい書き込み等をいただき、自分としてもここまで来たものを道半ばにして終わりにする気にもならず、ここに復帰することにしました。美術館時代からお世話になっている方々、初めてリンクをしていただいたjoycharmさん、どこかで見ていてくれているであろうoniheyさん、最近更新がストップしていて気になるゆうちゃんさん、番長さん、アナログではまだ遥か彼方にいらっしゃるぼなさん、そして天落馬大会に参加していただいているアンブルさん、皐月さん、年に一回さん、moguさん、タカシさん、馬夜叉さん、さくらさん、イケさん、さらにリンクしていただいている各地のサイト主様や励ましのメールをくださった方々、引き続きよろしくお願いいたします。(松戸の国男改めケーンさん、ルースターズさんはリアル友達なので、また競馬場に行きましょう)

 では、第二幕、展望台編をお楽しみください。


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