「アメリカ競馬戦略9つの視点」と天星流(上)


 私は、今回馬券売上げ向上策を書くにあたって、かのアンドリュー・ベイヤー氏の本を読んだが、驚いたのはアメリカではスピード指数が1975年には発明されていて、私が木下健氏の著作(第一刷は2002年)によって学んだトリップ・ハンデキャッピングについても、ベイヤー氏自身が取り入れて著作にて発表したのが1983年という大昔であることだ。現在、ベイヤーが発表したスピード・ハンデキャッピングは、「ベイヤー・スピード指数」という形で全米のレーシングフォームに掲載されるようになっており、その影響の大きさを感じることができるし、トリップ・ハンデキャッピングへの流れも至極妥当な流れである。
 日本における予想理論は、いまだ出目やサイン、占いやインサイダー情報による必勝本が本屋の一エリアを確保し、週初から絶対的中とうたう怪しい予想会社の極秘情報に踊らされるファンも後を絶たないことからか(アメリカではあるのだろうか?)、科学的な予想法の発展はアメリカに15年以上も遅れている。当然、私が興味を持ったのは現在のアメリカの最先端に位置する予想法であり、天星馬券術が劣る部分については、早期にその水準に追いつくことから始めなければならないということを考えた。そこで、ここでは、邦訳されているアンドリュー・ベイヤー氏の最新の著作『アメリカ競馬戦略9つの頂点』を読みながら、私の天星流馬券術の構想と比較しての所感を述べたいと思う。書き方としては、諸氏の論を詳細に説明することはせずに、勘所のみを書いていくので、ご興味のある方はご購入頂きたい。また、9つの頂点を順不同にて3回に分けて連載とさせて頂く予定。
 ちなみに、『アメリカ競馬戦略9つの頂点』はベイヤー氏などアメリカを代表する9名の20世紀の馬券戦術のリーダーたちが21世紀に向けて馬券戦略を論じた書で、2001年にアメリカで、日本では2005年12月末に翻訳版が出版されたものである。今や新世紀の始まりは大分昔のこととなった感があるが、2007年の日本の馬券理論よりも前を歩いているであろう各氏の論に何を学べるのか、どんな取っ掛かりを見つけられるのか楽しみである。


1.全場全レース発売時代の馬券戦略/アンドリュー・ベイヤー

 冒頭から論じられているサイマルキャスト(他競馬場の生中継)導入については、私が競馬を本格的に行いだした頃には既に日本でもそのようになっていたため、天星流で修正を加える必要はない。ベイヤー氏がここで述べた中で一番インパクトがあった馬券術の提起としては、「さんざん苦心して、すべてのレースにおける微妙な違いを分析しようと努力してきた。だが、印象に残っているような大勝利を思い起こしてみると、こんな徹底的な研究がはたして必要だったのかどうか疑わしくなってくる。デッかい勝利は、大抵たったひとつの強烈な洞察力に基づいているものであるからである。」という経験から始まる、特定の条件を見つけ出し、それを待ち受ける新馬券術である。

 簡単にまとめたコンセプトでは「・次走の予想をする場合、その馬にとって勝つための究極の要素となるような最上の秘密情報を見つける。・それらの注目馬を「ホース・ウォッチ」のリスト(注目馬リスト)で絶えず目を離さずにいる。・注目馬の1頭が出走してきたら、そのレースでその馬が賭けるに値するかどうか、その馬を中心にして判断する。」(P26)と紹介されている。これまでは与えられるレースに対して全て平等に予想を行っていたのを、ある特定の馬にスポットを当ててそのレースのみ見て買うかどうか判断するスタイル変更は、より参加できるレースが多くなったサイマルキャスト時代には有用になるだろう。

 さらにベイヤー氏は「私はといえば、1970年代の初めに馬場差の存在に気付いてからは、馬場差こそが他のいかなるファクターにも勝る馬券戦術の要だと信じている」(P26)と、バイアスの重要性について多くのページを割いているが、私が最近的中し10万馬券以上の配当を得たレースとその波乱理由を振り返ると、2004年京王杯2歳S(バイアス)、2005年クリスタルC(芝砂リスク)、宝塚記念(バイアス)、2006年シンザン記念(バイアス)、2007年京都新聞杯(上積みリスク)、日本ダービー(バイアス、SHP)となっており、バイアスの重要性がわかる(というか、これは高配当レースをバイアスの切り口からでしかほとんど取れていないということでもあるが)。また、自分が的中できなかったレースにしても、100万以上が出たレースで異常バイアスが発生していた(2006年エルフィンS、赤松賞、2007年NHKマイルC)。

 ペースについては先行争いをして異常にハイペースになったレースでは、潰れた先行馬をピックアップするとあるが、これも馬の能力を算出する際に当然考慮する項目であり、天星流では既に導入している。調教師というファクターの重要性についても論じられており、「エディー・プレサ・シニアが前走より長い距離のレースに出走させる時、1マイルの調教を行ったなら要注意である」(P46)といった記載は、「延長リスク」に対する調教師と調教によるアプローチであり、そういう視点を今まで持っていなかったことから、今後、日本の調教師を自分なりに整理していく必要がありそうだ。

 ベイヤー氏の文章からは、異常バイアスやハイペースで不利を受けた馬、有利になった馬を注目し、その馬が出走する時にはそのレースを優先的に予想すること(例えば、1日に複数の特別レースが組まれている場合、前に不利のあった馬が出走しているレースから、個々馬詳細予想を記載する)、異常バイアス発生時における予想では、恩恵を受けそうな馬を手広く買うことを採用し、調教師の分析を天星流馬券術で進めていくべきと考える。

 ひとつ驚いたのは、ベイヤー氏は「アイアムミーR.G.は12月7日のレースで、ベイヤー・スピード指数69を獲得していた。(中略)アイアムミーR.G.は顕著な馬場差に抗して69を得ているのだから、ふつうの馬場であればもっと高い数値だったはずで、だとすればこのレースでは1頭抜きん出た存在といっていい」(P36)と説明していることから、この時点でベイヤー氏はスピード指数と、バイアスのロスの差を別個のものとして考えていることだ。言い換えれば、ロスは数値化できない、もしくはできても管理が困難なため行わない方針を採っている。天星流ではそれぞれのロスを短期的能力固定の前提から算出できるようになっており、もちろん私としては、ロスをも計算することができる方向が競馬予想の進む道と考えている。


2.価値ある賭け/スティーヴン・クリスト

 クリスト氏は、デイリー・レーシング・フォーム新聞のCEO兼、編集者兼、発行者であり、元ニューヨーク競馬協会の副会長であり、競馬サークルでは「6重勝馬券王」としても有名とのこと。

 彼はこの本の冒頭で、何に賭けるかよりもどう賭けるかを学ぶことが必要であり、「勝ち馬予想は競馬に勝利するための道のりの半分にすぎないということだ」(P95)と説明し、勝ち馬を選び出すよりも儲けることに焦点を合わせるための基本的な概念を3つ提示している。

 ひとつめに掲げられているのが、「勝つ可能性とオッズ」であり、賭ける価値は「価値=確率×配当額」(P99)で算出され、予想について「肝心なのは、もっとも勝ちそうな馬はどれかではなく、実際の勝つチャンスより高いオッズを示しているのはどの馬か、なのだ」(P99)と示している。著者はそれから2001年のケンタッキーダービーでの実例を紹介して、当初の予想からオッズが自分の思う勝つ確率より低いということから勝つ確率よりオッズが高い馬に変更して儲けられた話を展開する(須田鷹雄氏も同様の予想本を書いていたように記憶している)のだが、他の多くの競馬ファンと同じく、私はこの方法は違和感がある。

 的中確率と配当額のバランスが割に合わないものであれば回避すれば良いのだ。それを、ある一部の馬券だけを購入すると後悔をする。例えば、7割の確率で勝つ馬の単勝オッズが1.3倍であれば、割が合わないわけだが、それで、2割の確率で勝つ馬の単勝オッズが6倍だったと見積もれたとして、2割の確率で勝つ馬の単勝だけを買うことができるだろうか。それで、やはり7割勝つと思った馬が勝ったとして、予想は当たっていたのに賭けたお金は返ってこないのだ。これを割り切るには相当の信念と鍛錬が必要になるし、競馬を楽しめなくなるおそれがあると思われる。今や様々な馬券が売られているのだから、本命馬を組み込んだ上での馬券を考察して、それでも利益が出ないと思われるレースはばっさり回避するのが良い方法ではないだろうか。


3.馬場偏向、調教師、キー・レース/スティーヴ・ダヴィッドウイッツ

 この方については冒頭の訳者による紹介文で「ほかならぬあのアンドリュー・ベイヤーをして「私の師」と言わしめたほどの人物」(P120)と書かれているが、本文中「1960年代、外有利の傾向があまりに顕著だったので、私は「トラック・バイアス(馬場偏向)」なる新語を作り出す必要に迫られた」(P126)とあり、その意味を知ることができる。ダヴィッドウイッツ氏はトリップ・ハンデキャッピングの元祖とも言うべき概念を発案した、ベイヤー氏と並ぶ競馬予想史に重きを成している人物と考えて良いだろう。

 ダヴィッドウイッツ氏は2月から11月の9ヶ月間を賭ける時期としていて、「おそらく理性を保つためにちょっとした休養が必要なのであり、だからこそ私の個人的な9ヶ月の「馬券シーズン」は特別な研究をするのと同じくらい、1年を実りの大きいものにしていると私は確信している。」「競馬シーズンの進行にしたがって生じるスケジュールやそれを調整したりする生活の変化が、何かうきうきする期待感を抱かせてくれる。それが私を熱中させ、飽きさせないのだ。」(P121)「自分の好きなレースや好きな開催を軸にして競馬シーズンを組み立てることは、意味のないレースや退屈な開催でありふれたスケジュールを漫然とこなしていくよりもはるかにスマートである。」(P155)と何度も語っている。これは、私が9月初頭から5月末の9ヶ月間を「一期」と数えて馬券を購入する時期を絞っているのと酷似しており、彼の感性は大変共感できる。私も一期のはじまりには、今期はどういう結果が残せるだろうか、どんなクラシックを盛り上げるスターホースが現れるだろうかと胸を躍らせる。惰性に陥らないための良策だと考えるがいかがだろうか。

 さすがにトラック・バイアス概念の創始者ということで、馬場差を利用することの利点について多くページを割いているが、その中で「大雨の最中とその後に何が起こるか、また大雨の前後に競馬場がどのような特別の対策をとるかについても熟知しておくべきだ」(P127)と提示している。例えば、私は東京競馬場が大雨を受けるとそれまでのバイアスがより極端になると考えているが、そういった知識を多くの競馬場で持たなければならないということだろう。ピンクカメオが勝ったNHKマイルC、タップダンスシチーが9馬身差で勝ったJCを思い出せば、雨が降ったときの馬券対応策は考えておいて損はないと考えられる。これは、「条件分析」における課題としておきたい。

 彼は調教師から狙う馬券戦略についても解説している。注目した文章は「全般的に私は、初出走馬や遠征馬、クレーミングによって買い上げられたばかりの馬、クラスを上げてきた馬、さらにはこれがいちばんなのだが休養明けの馬、などで高い勝率をあげている調教師に注目している。このようなカテゴリーに含まれる馬をきっちり仕上げてくる調教師は信頼できるし、おいしい配当をもたらしてくれる。」(P148)という箇所。ここは明らかに、私が「出来(休み明け)リスク」(次回レポートで説明)と認識している部分であり、ダヴィッドウイッツ氏はこのファクター分析に調教師を用いているということだ。

 スピード指数等で馬の能力がある程度測られた現代においてレースが波乱となるケースのひとつが、人気薄リスク馬が馬券に絡む形であり、リスク分析及び馬券対応が今後の予想水準を上げていくひとつの流れになると考えられ、アナログな感じで進められていくこの先駆者の話は意義のあるものになるかもしれない。調教師とリスク(特に出来リスク)の関連性について、今後の研究課題としたい。

 キー・レースについての考え方は木下健氏の本で把握している。第四期では例えばラルケットの新馬戦がそのような感じを受けるが、この部分は天星指数でカバーできていると考えている。

                            (初稿2007.09.24、最終更新2009.07.05)